奥出雲町: 伊賀多気神社

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伊賀多気神社
伊賀多気神社
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伊賀多気神社 伊賀多気神社 伊賀多気神社 伊賀多気神社
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概要・歴史・観光・見所
伊賀多気神社(奥出雲町)概要: 伊賀多気神社の創建は垂仁天皇の御代(紀元前29年〜70年)、御神像2体を安置したのが始まりと伝えられています(現在の御神像2躯は鎌倉時代に製作されたもので檜材、一木造、瞋目像の像高113cm、微笑像の像高111cm、昭和48年:1973年に島根県指定文化財に指定)。格式が高く、天平5年(733)に編纂された出雲国風土記には「伊我多気社・神祗官社」と記載され、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳には式内社として記載されています。その後は衰退し、さらに戦国時代の兵火により火災で社殿や記録が焼失した事で、どの様な歴史を刻んでいたのかは判らず当初の鎮座地も不詳、現在地より川上の五反田の東辺周辺に鎮座していたと推定されています。天文年間(1532〜1555年)に代官となった森脇家真が再興した際に現在地に遷座し藤ヶ瀬城下の鎮守となっています。明治時代初頭に発令された神仏分離令を経て社号を「五十猛神社」から「伊賀多気神社」に改め郷社に列しています。祭神の五十猛命は素盞鳴尊の御子神で、力を合わせ大蛇退治した伝説が残され、朝鮮新羅国曾尸茂梨から樹木の種子を持ち帰り、荒廃した大地に種子を蒔き緑の大地に戻し、そこで産出される樹木の樹種によって用途を替えるようにと住民に伝授した事から、特に山林や樹木の守護神として山林、林業関係者から信仰されました。社宝である木造随神立像(2駆)と木造獅子頭(1頭)は島根県指定文化財に指定されています。神門(神社山門)は入母屋、銅板葺、三間一戸、八脚単層門。拝殿は入母屋、平入、桁行5間半、梁間2間、正面1間切妻向拝付。本殿は大社造、桧皮葺、桁行2間、梁間2間、通殿は切妻、銅板葺、桁行1間半、梁間1間半。祭神:五十猛命。配祀:素盞嗚尊、大己貴命。

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