奥出雲町: 横田八幡宮

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横田八幡宮
横田八幡宮
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横田八幡宮 横田八幡宮 横田八幡宮 横田八幡宮
概要・歴史・観光・見所
横田八幡宮(奥出雲町)概要: 横田八幡宮横田八幡宮の創建は不詳ですが平安時代この地を支配した横田氏が石清水八幡宮(京都府八幡市)に荘園(横田荘)を寄進し、石清水八幡宮の分霊を勧請し当地の守護神としたのが始まりとされます。当初は八川村に鎮座し仁多大社と呼ばれていましたが弘安4年(1281)4月15日に最明寺殿後室六波羅尼妙音の命により現在地に遷座、社号を「横田八幡宮」に改め横田庄の一之宮として崇敬されました。古くから神仏習合し別当寺院である岩屋寺は山岳信仰の拠点の1つとして寺運が隆盛し最盛期には21坊を擁する大寺となり、横田八幡宮も建久3年(1192)、源頼朝が出雲地方の由緒ある八幡宮8社を選定し社殿の造営や社領を寄進したとされる所謂「出雲八幡宮八社」に選定され、広く信仰を集めました。歴代領主から崇敬庇護され、特に江戸時代には松江藩が制定した社寺組織に属さず、単独で藩の支配下となった一社一令社(美保大明神・大野高宮・日御崎大明神平浜八幡宮須佐大宮・横田八幡宮)に選定され、横田八幡宮社殿の造営や営繕工事などは藩費によって賄われました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され、明治4年(1871)に村社に列しました。社宝である獅子頭(1頭)は尼僧妙音(北条時頼後室、北条時輔の母)から奉納されたものと伝えられるもので昭和42年(1967)に島根県指定有形民俗文化財に指定されています。軒札も弘安4年(1281)から文久元年(1861)まで42枚全て残され昭和43年(1968)に島根県指定文化財に指定されています。銅剣は弥生時代に製作されたもので中細形、昭和37年(1962)に島根県指定文化財に指定されています。神門(神社山門)は切妻、鉄板葺、三間一戸、八脚単層門。拝殿は切妻、銅板葺、平入、桁行4間、梁間2間、正面1間切妻向拝付。本殿は三間社流造、銅板葺。祭神:應神天皇、仲哀天皇、神功皇后 。

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