三隅城(浜田市)概要: 三隅城は寛喜元年(1229)、三隅兼信が築城したのが始まりとされます。三隅家は七尾城主である益田家の一族でしたが南北朝では南朝側に属し本家筋である益田家と対立しています。興国3年(1342)には北朝方の上野頼兼が三隅城に侵攻、正平5年(1350)にも北朝方の高師泰が三隅兼信を攻めますが何れも退けています。
天正21年(1552)、陶晴賢と益田藤兼が三隅城を急襲、当時の城主三隅兼隆は不利を悟り開城し城を明け渡しています。その後、陶氏が滅亡すると三隅氏は尼子氏に従い三隅城に復帰したとされますが、毛利氏と対立し元亀元年(1570)、毛利方の吉川勢に攻められ滅亡したと云われています。
三隅城:上空画像
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