益田市: 七尾城

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七尾城
七尾城
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七尾城 七尾城 七尾城 七尾城
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概要・歴史・観光・見所
七尾城概要: 七尾城は益田氏の祖とされる御神本兼高が壇ノ浦の戦いの功により当地を与えられ建久3年(1192)に築いたのが始まりとされます。益田氏は七尾城を本拠として勢力を広げ石見一国を支配しますが、その後は各地に配された一族が国人領主化し造反した為大きな勢力を保てず、延元元年(1336)には一族である三隅兼知や周布兼茂が七尾城に侵攻してきています。戦国時代に入ると山名氏、大内氏、尼子氏などに従い特に19代益田藤兼は大内氏の重臣である陶氏と縁戚関係を結ぶ事で重用されますが、陶氏が毛利氏によって滅ばされると領内に侵攻され、七尾城もこの間大改修し毛利氏に備え居館も三宅御土居から移しています。藤兼が毛利氏に下ると家臣として重用されるようになり20代元祥は主要な戦に常に従軍し功を上げ重臣として地位が確立しました。関ヶ原の戦いの際は伊勢安濃津城を攻落させるなど功を上げますが、毛利氏が大幅な領土を削減させられた為、長門国須佐に移り七尾城も廃城となりました。現在でも郭の形状や土塁、空堀、堀切、井戸などが残り大手門と伝わる城門が医光寺に移築されています。七尾城は中世の山城の遺構として大変貴重なことから平成16年に国指定史跡に指定されています。

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