高崎亀井邸跡(津和野町)概要: 高崎亀井家は津和野藩藩祖とされる亀井茲矩の甥(多胡真清:茲矩の姉と小原豊前守の子共、母方の多胡家を継ぎ、2代藩主亀井茲政が幼少だった事で藩政を掌握し家老の地位を確立しました。)を祖とする家系です。当初は多胡氏を称していましたが、後に亀井姓に改め、享保5年(1720)に現在地(高崎)に屋敷を移した為高崎亀井家と呼ばれるようになりました。現在は建物などの遺構はなく僅かに石垣が残るのみになっています。又、屋敷前には藩主が参勤交代で利用する津和野街道が通り、防衛拠点にもなりうる施設だったと思われます。
高崎亀井邸跡児童公園:上空画像
|