津和野城

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概要・歴史・観光・見所
津和野城(歴史)概要: 津和野城は永仁3年(1295)、当時の地頭職吉見頼行が築城を開始し、2代頼正の代正中元年(1324)に完成した山城です。吉見家はその後も石見の有力国人領主として地位を確立し14代にわたり津和野を支配します。足利義稙と義澄による家督争い以降、大内氏に従い戦国時代には吉見正頼が大内義興の娘婿になるど有力家臣となりました。陶隆房の謀叛によって大内氏が滅ぶと陶氏と敵対し、同じく陶氏と敵対した毛利氏に組みするようになります。慶長5年(1600)、関が原の戦いの際、吉見氏は主家である毛利輝元に従い西軍に付いた為、領地を失い萩に移っています。代わって坂崎直盛が3万石で入封し津和野藩を立藩、直盛は津和野城を近代的城郭へと大改修し出丸や織部丸を増築、2の丸には3重天守閣を設けています。直盛は大坂の陣で功をあげ4万3千石に加増されましたが元和2年(1616)、千姫の婚儀に対し意義を唱え奪取計画を画策したとの嫌疑をかけられ自害、坂崎家は断絶となります。元和3年(1617)、亀井政矩が鹿野藩から4万3千石で入封すると以後、亀井家が津和野藩主を歴任に明治維新を迎えています。津和野城は山城だった為、寛永3年(1626)には麓に藩主の居館、藩庁を設けて現在に残る馬場先櫓や物見櫓が建てられました。明治4年(1871)に入り廃城となりましたが建物がだけが破棄されただけで山頂の石垣や郭の形状などは残されました。津和野城は昭和17年に国指定史跡に指定され、平成19年に日本100名城に選定されています。

津和野城:石垣・土塁・空堀・写真

津和野城
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