安来市: 金屋子神社

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金屋子神社
金屋子神社
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金屋子神社 金屋子神社 金屋子神社 金屋子神社
金屋子神社 金屋子神社 金屋子神社 金屋子神社
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概要・歴史・観光・見所
金屋子神社(安来市)概要: 金屋子神社の創建は不詳ですが古くから金属の神である金山彦命・金山姫命を祭り、全国1千2百社とされる金屋子神社の本社、総本山として信仰の対象となりました。伝承によると播磨国岩鍋に降臨した金屋子神は様々な金属を作った後、白鷺に乗ってこの地の桂の木に降り立った際、製鉄に関わる多くの神々を集め、偶然に獲物を追って当地出会った安部正重に製鉄の技術を授けたとされ、その後、神託により長田兵部朝日長者が社殿を建立し、安部家に神主を任命したそうです。金屋子神は技師長(村下)となり朝日長者が炭や砂鉄を集めて、当地での製鉄が始まり大きく繁栄したと伝えられています。一方、金屋子神社は奈良時代から平安時代にかけて成立した六国史(日本書紀・続日本紀・日本後紀・続日本後紀・日本文徳天皇実録・日本三代実録)や延喜式神名帳には記載されていない事から平安時代後期以降に創建されたと考えられています。中国地方に製鉄業が広まると、多くの作業場や関係する場所に金屋子神の分霊が勧請され(境内には創建伝説に関係が深い「桂の木」が植樹された)、さらには全国に信仰が広がり現在でも製鉄・治金関係者が数多く参拝に訪れています。現在の社殿は安政5年(1858)の火災で焼失後、元治元年(1864)に再建されたもので本殿は大社造、銅板葺、拝殿は入母屋造、銅板葺、唐破風向拝付、拝殿の彫刻は名工荒川亀斉が手掛けたもので、特に一枚戸の龍の彫刻は余りにも見事な事から命が吹き込まれ社殿を揺さぶったとの伝説が残る、幣殿は切妻、銅板葺、金屋子神社社殿(本殿・拝殿・幣殿)は江戸時代後期に建てられた社殿建築の遺構として貴重なことから昭和59年(1984)に島根県指定有形文化財に指定されています。神門は切妻、銅板葺、三間一戸、八脚単層門。大鳥居は明治14年(1881)に奉納されたもので、御影石造り、高さ9m。祭神:金山彦命、金山姫命。合祀:素盞嗚命、石凝姥命、譽田別命、市杵嶋姫命、息長帶姫命、玉依姫命、伊弉册尊、天照皇大神、天兒屋根命、倉稻魂命、天玉祖命、押武金日命、猿田毘古命、天鳥船命、建御名方命、大國主命、事代主命、迦具土神、武内神、上筒之男命、中筒之男命、底筒之男命。

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