島根県の伝統的・町並み

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項     目 場  所 備  考
・温泉津温泉 ・大田市
・温泉津町
温泉津温泉(島根県大田市温泉津町)は平安時代に1人の旅僧が狸が湯浴びをし、傷を癒していたのを発見したのが始まりとされ、室町時代に入り修行僧が当地を訪れ、源泉を利用して温泉場を整備し広く知られるようになっています。修行僧の後裔は戦国時代に領主となった毛利氏から改めて湯守の任を認められ引続き温泉津温泉の開発に尽力しています。一方、内陸部で石見銀山の開発が本格化すると、温泉津湊が、産出された銀などの鉱物の積出し湊に指定され大きく繁栄しました。江戸時代に入り積出し湊が瀬戸内海に変更した後も、大消費地だった石見銀山に物資を運ぶ中継地として北前船の寄港地となり引続き繁栄が続きました。現在でも温泉津温泉には当時の温泉街の町並みや港町の景観などが維持され、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、石見銀山と共にユネスコの世界遺産に選定されています。
・大森銀山 ・大田市
・大森町
石見銀山は鎌倉時代末期に発見され、戦国時代に入り博多出身の神谷寿貞によって本格的に開発されました。灰吹法が導入されると飛躍的に産出量が増大し、やがて、石見銀山の所有権を巡り大内氏や尼子氏、毛利氏などが激しく争いました。その後、毛利氏が中国地方の覇権を握り、豊臣政権時には、豊臣家と毛利家との共同経営となり、江戸時代には幕府の直営となります。当初は、坑口の近くに集落が形成されていましたが、石見銀山奉行として配された大久保長安とその跡を継いだ竹村丹後守は奉行所を大森に移すと、周辺には役人の邸宅や関連寺院や神社などが整備され、石見銀山の行政的、経済的な中心地として繁栄しました。江戸時代初期の石見銀山は世界有数の産出量を誇った為、大森集落も大きく栄えていた事が窺えます。現在でも役宅や奉行所跡、役宅(武家屋敷)、町屋建築が数多く残され良好な町並みが形成さえています。大森銀山は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、石見銀山と共にユネスコの世界遺産に選定されています。
・吉田町菅谷 ・雲南市
・吉田町
吉田町菅谷は松江藩から鉄山師を任じられた田部家が経営した「たたら製鉄」の先産地として整備された町です。実際に「たたら製鉄」の工場とも言える菅谷高殿を中心に経営事務所とも言える「元小屋」、従業員達の居住する長屋などが残されています。往時は2千人を超える人達が「たたら製鉄」の生産に従事していたとされ、松江藩でも一大産業として保護を受けていました。明治時代以降、「たたら製鉄」の需要が急速に失われ、大正10年に閉山に追い込まれました。その後、過疎化により多くの人達が菅谷から離れましたが、それが近世化や建物の建て替えが少なく奇跡的に鉱山町そのものが残されました。菅谷高殿は、全国唯一の高殿様式の施設として大変貴重な事から国の重要有形民俗文化財(資料)に指定されています。
・美保関 ・松江市
・美保関町
美保関は中国や朝鮮半島、隠岐島との関係性から古くから重要視された場所で、出雲国風土記で記載された神話の舞台でもあります。神話で登場した神々は鎮守である美保神社に祀られ、領主や為政者からも信仰の対象となりました。特に恵比寿信仰が盛んで美保神社をその本社として漁業や海運業の関係者が参拝に訪れました。当時の隠岐島は天皇や公家など身分の高い人物の流刑地で、美保関は隠岐島への渡航地だった事から後鳥羽上皇や、後醍醐天皇などが滞在しここから隠岐島に向かっています。中世以降は日本海の航行の重要拠点として周辺大名が所有権を巡り度々戦が行われ大きな被害を受けています。江戸時代に入ると、北前船の寄港地とはなりませんでしたが、引続き良港として松江藩から保護され、藩の出先機関が設置され繁栄しました。現在でも良好な町並みが残されて、特に「青石畳通り」は港町独特な雰囲気が感じられます。美保関の「青石畳通り」は「青石畳」として「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」にも選定されています。
・津和野 ・鹿足郡
・津和野町
島根県津和野は正中元年(1324)に吉見頼行、吉見頼直の親子により築かれた津和野城の城下町として整備された町です。吉見氏はここを拠点にして長く当地を支配しました。戦国時代には大内氏に従い、大内氏が没落すると毛利氏と共に、主家(大内氏)の敵である陶氏を滅ぼし、その後、毛利氏に従っています。関ヶ原の戦いで毛利氏は大きく領地を失い、長門、周防の2ヶ国に封じられると吉見氏も従い津和野の地を離れています。代わって坂崎直盛が3万石で入封し津和野藩を立藩、直盛は津和野城の改修や城下町の町割、津和野街道の開削、領内整備などに尽力し大坂の陣でも徳川家康の孫である千姫を救出するなど大功を挙げさらに1万3千石の加増をうけます。しかし、原因不明の所謂「千姫事件」の当事者として改易となり、代わって亀井政矩が入封し、以後、亀井氏が藩主を歴任して明治維新を迎えています。現在でも津和野には武家屋敷(島根県)や町人の町屋建築(島根県)が数多く残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
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