出雲国庁跡(松江市)概要: 出雲国庁は飛鳥時代から平安時代に至るまで出雲国の中心的な役割を持った施設で、発見された木管から少なくとも大宝元年(701)以前から創設されていました。
天平5年(733)に編纂された出雲国風土記で意宇郡に国庁があったことが記されていましたが、正確な場所が分からず江戸時代の元禄4年(1691)に編纂された大草村検地帳に「こくてふ」(こくちょう)の字名から現在地付近に推定されてきました。
昭和43年(1968)から本格的な調査がはじまり、167m四方の敷地内に正殿や脇殿などの建物が並んでいました。木管や多くの建物群から国府政庁の他、意宇郡家や黒田駅家、軍施設もあったと推定されています。
又、隣地には出雲国の総社とされる六所神社が鎮座し、当時は国府の祭事が祈願が行われていたと思われます。六所神社は古代から江戸時代にかけ時の領主から崇敬庇護されていた事から国府が失われた後も何らかな記憶が残され信仰の対象になったのかも知れません。
出雲国庁跡は大変貴重な事から昭和46年(1971)に国指定史跡に指定されています。
出雲国庁跡:上空画像
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