石見銀山遺跡 :清水谷精錬所跡

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清水谷精錬所跡・歴史・観光・見所
清水谷精錬所跡(大田市大森町)概要: 明治19年(1886)に藤田伝三郎が起業した藤田組(現在の同和鉱業株式会社)によって整備した精錬所跡です。明治27年(1894)、武田恭作氏の設計を元に巨額な投資が行われ近代的な銀の精錬所が完成しました。しかし、鉱石の品質が悪く、精錬所の製錬能力も不十分だった為、採算が合わず明治29年(1896)には操業を停止しました。藤田伝三郎は現在の山口県萩市出身の実業家(元奇兵隊士)で土木建設から金融、電力まで広く事業を広げ藤田財閥、藤田コンツェルンなど呼ばれ特に西日本の政財界で大きな影響力を持ちました。武田恭作は東京帝国大採鉱冶金学科を卒業、大正9年(1920)には工学博士となり石見銀山をはじめ小坂鉱山(秋田県小坂町)や四ツ花軌道(福島県田村市)、寿都鉱山(北海道寿都町)などを手懸けました。清水谷精錬所跡は高さ33m、8段の石垣を設けて最上段までトロッコで鉱物を運べる設計で内部では当時としては最新式だった横置き多管式煙管ボイラーを導入しています。又、精錬も鉱石に含まれる銀を酸やアルカリ溶液で溶かしてから取り出す収銀湿式製錬という技術が採用されました。現在では石垣が残っているだけですが当時の近代精錬所の遺構として貴重な存在です。
清水谷精錬所跡
清水谷精錬所跡
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