石見銀山遺跡:銀山柵内

 |島根県:歴史・観光・見所(ホーム)石見銀山(世界遺産・歴史・観光)大森地区銀山柵内地区温泉津温泉沖泊
島根県・名所・見所
 ・ 華蔵寺
 ・ 熊野大社
 ・ 松江城
 ・ 真名井神社
 ・ 神魂神社
 ・ 八重垣神社
 ・ 美保関
 ・ 美保神社
 ・ 月山富田城
 ・ 一畑薬師
 ・ 日御碕灯台
 ・ 日御碕
 ・ 日御碕神社
 ・ 鰐淵寺
 ・ 立久恵峡
 ・ 石見畳ヶ浦
 ・ 柿本神社
 ・ 津和野城
 ・ 鷲原八幡宮
 ・ 太鼓谷稲成神社
 ・ 玉造温泉
 ・ 玉作湯神社
 ・ 出雲大社
 ・ 物部神社
 ・ 佐太神社
 ・  
石見銀山遺跡 :歴史・観光・見所
銀山柵内(大田市)概要: 大永6年(1526)、石見銀山が本格的に開発されると、数多く人達が銀山に携わるようになり石銀地区は銀製錬の町として大きく発展しました。石銀集落跡では住居跡だけでなく鉱石を比重選鉱する施設跡や製錬炉跡、羽口、カラミ、数多くの坑口が発見されています。開発が進むと大内氏、尼子氏、毛利氏などの戦国大名が石見銀山の所有権を巡り争うようになり、石見銀山を守るように山吹城が築かれ主戦場となりました。慶長5年(1600)以降、幕府の直轄地になり初代石見銀山奉行の大久保長安は山吹城の山麓に陣屋を設け、当地の政治、軍事の中心地として整備しましたが、2代奉行竹村丹後守は奉行所(後の大森代官所)を大森に移した為、政治、行政、経済の中心地としての重要性は次第に失われました。ただし、多くの間歩や精錬所は当地区にあり、江戸時代初期には柵が巡らされ外界から遮断され、出入口には番所が設けられなど厳重に管理されました。現在でも多くの間歩の跡や宗教施設、城跡などが残っています。
石見銀山遺跡:銀山柵内
吉岡出雲墓
吉岡出雲墓
吉岡出雲墓
高橋家住宅
高橋家住宅
高橋家住宅
佐毘売山
佐毘売山神社
佐毘売山神社
新切間歩
新切間歩
新切間歩
清水寺
清水寺
清水寺
渡辺家住宅
渡辺家住宅
渡辺家住宅
豊栄神社
豊栄神社
豊栄神社
大久保氏墓
大久保石見守墓
大久保石見守墓
西本寺
西本寺
西本寺
安養寺
安養寺
安養寺
精錬所跡
清水谷精錬所跡
清水谷精錬所跡
福神山間歩
福神山間歩
福神山間歩
龍源寺間歩
龍源寺間歩
龍源寺間歩
吉岡出雲墓
吉岡出雲墓
吉岡出雲墓
 
白
 
島根県(ホーム)戻る

 
 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「島根県:歴史・観光・見所>大田市:歴史・観光・見所」は「島根県の歴史」、「郷土資料辞典−島根県」、「日本の城下町−山陰」、「城郭と城下町−山陰」、「山陰道」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。