石見銀山遺跡 :清水寺

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清水寺・歴史・観光・見所
清水寺(大田市大森町)概要: 清水寺清水寺の創建は推古天皇御代(593〜628)に開かれたのが始まりと伝えられています。当初は天池寺と称し仙ノ山の山頂付近にありましたが、延暦17年(798)に清水谷に移り清水寺に改称しています。石見銀山は神屋寿禎(博多の豪商)が清水寺に参拝後に白く輝く銀鉱石を拾ったのが始まりとされ、安原伝兵衛(初代石見銀山奉行大久保長安配下の山師)は本尊の十一面観音に七日七夜祈願して釜屋間歩を発見したと伝えられています。釜屋間歩の発見により幕府への運上銀が飛躍的に向上し安原伝兵衛は徳川家康より辻ヶ花染胴服を賜り、格天井には大久保家の家紋が描かれています。江戸時代末期に仙ノ山中腹に、明治11年(1878)に現在地に移り、昭和6年(1931)に佐毘売山神社の神宮寺と合併しその山門が移築されています。山門に掲げられている扁額「銀華厳」は万延元年(1860)12月に57代目代官加藤餘十郎の筆によるもので山門と共に昭和47年(1972)、大田市指定有形文化財に指定されています。

清水寺の文化財
 ・ 辻ヶ花染丁字文胴服−江戸時代−国指定重要文化財
 ・ 絵馬二面と絹本著色仏涅槃図−天正20年(1592)−島根県指定文化財
 ・ 備前焼瓶−元和2年(1616)−島根県指定文化財
 ・ 鰐口−永禄6年(1563)−島根県指定文化財
 ・ 紙本墨書経巻(一巻)−平安時代初期−島根県指定文化財
 ・ 山門(附:扁額一面)−大田市指定文化財
 ・ 石造不動明王立像−江戸時代末期、福光石、彩色−大田市指定文化財
 ・ 石造毘沙門天立像−江戸時代末期、福光石、彩色−大田市指定文化財

清水寺
清水寺
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