石見銀山遺跡: 五百羅漢

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概要・歴史・観光・見所
五百羅漢(大田市大森町)概要: 五百羅漢は観世音寺の当時の住職月海浄印が石見銀山で死亡した鉱夫の冥福を祈り発願したのが始まりとされます。延享年間(1744〜47)頃から彫像が開始され、明和元年(1764)には羅漢寺が開山、明和3年(1766)に五百羅漢が完成しています。五百羅漢は羅漢寺から小川を挟んだ崖地に設けられたもので3つの石窟には中央に釈迦三尊(中尊:釈迦如来像・左脇侍:文殊菩薩像・右脇侍:普賢菩薩像)、左側に阿難尊者と251体の石仏、右側に木蓮尊者と250体の石仏が安置されています。彫像者は温泉津出身の石工坪内平七と、その一門で完成まで約20年の歳月がかけられ当時の代官や田安中納言宗武卿(8代将軍徳川吉宗の次男)、大奥の女中など数多くの人々からの浄財や援助があったとされます。境内から湧き出る「三百水」は約450年以上前から確認されている湧水で、往時はここの清水を石見銀山まで売にいき三百文で取引されていたとされ昭和60年(1985)に島根の名水百選に選定されています。千人壷の詳細は不詳ですが伝承によると、遺体の放置場所だったとされ、特に処刑された罪人や伝染病で死去した病人などが井戸状の穴に放り込まれたとされ民俗的には貴重な史跡とされます。

羅漢寺の文化財
 ・ 石造五百羅漢坐像群−明和3年(1766)、福光石製−国指定重要文化財
 ・ 石反橋(3基)−江戸時代、福光石製−国指定重要文化財
 ・ 宝篋印塔−明和8年(1771)、高:557cm、田安宗武供養塔−国指定重要文化財
 ・ 千人壷−大田市指定史跡
 ・ 木造大元師明王立像−大田市指定文化財
 ・ 木造降三世明王立像−大田市指定文化財

五百羅漢
五百羅漢
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